江戸の落穂 ~江戸っ子の道楽と楽しみ~

夢野晴吉先生のコラム第五十弾  
  江戸の落穂 
 ~江戸っ子の道楽と楽しみ~
 
 

 江戸っ子はみな芝居好きで、中でも職人といわれる人の中には、まさに「道楽者」と呼ばれるのにふさわしい人が数多くいました。
 
 それは一流の職人の条件の一つに「端唄の一つも唄えるくらい粋(いき)でなければいけない」という考えがあり、またそうした事が大切にされていた時代なのです。
 
 芝居好きが高じて、毎日のように通っていると自然と要所要所で掛声をかけるようになりますので、良い「間(ま)」で掛けられるようになりますと、役者から直接依頼される事も昔はあったようです。
 
 そうした人に聞いた話では、
音羽屋(おとわや)ッ!!」と掛ける時は
「(お)とわやッ!!」と縮めて掛けるのだと言っていました。
 
 またある時、田舎から出てきた人が歌舞伎座で掛け声をかけてみたくなって、
羽左衛門(うざえもん)!!」
と掛けるところを、
「はうざえもん!!」
と掛けてしまったという話が残っています。
 
 六代目の音羽屋(菊五郎)は自分の良い間合いからはずれた所で声が掛かると舞台の上でもジロッとそちらの方向を睨んでいました。
 
 こうした役者との「間合い」は相当芝居を見ている道楽者でなければ分からない、というのが通(つう)の自慢なのです。