江戸の落穂 ~火消しの生活 ③~

夢野晴吉先生のコラム第十八弾
江戸の落穂 
~火消しの生活 ③~をお届けいたします
 
 

江戸の落穂 
~火消しの生活 ③~
 
 頭と大店の関係は、太平洋戦争が始まるまでは色々な形で残っていました。
 
 実際、私の小学生の頃がその最後の時期なので、覚えている事を書きます。
 
 お得意様の大店が工事を行う時は、
先ず大店の旦那が番頭さんを頭の家に使いに出して、頭の在宅を確認すると
「旦那がお話があるので、伺いますが」と旦那の方が頭を立てる形で、お見えになります。
 
 我が家でも、『旦那様がお見えになる』 というと大騒ぎになります。
 
 母が後ろの家に住んでいる若い衆(わかいし)に声を掛け、暇な者に掃除を言い付け、
また餅菓子を買いに走らせたり、旦那がお見えになるまで大忙しです。
 
 旦那がお見えになると、
「頭、これは姐さん」と私の両親に声を掛けます。
火消しの女房はいくつになっても、『あねさん』 と呼ばれているので、
呼ばれて出て来たのが、80過ぎの老婆なんて事もあります。
 
 そして、「姐さん、これでお寿司でも、坊や大きくなったね、さぁこれでキャラメルでも買って貰いなさい」という調子で、旦那は20~30円の祝儀を下さるのです。
 
 一日の手間賃が1円20銭くらいだった当時の事ですから、大変な事だったと思いますが、火消しを助けようとする大店の気持ちの表れだったと思います。
 
 このようなお得意様の仕事になると、
頭は鳶の仕事だけでなく、旦那と大工や左官などの職人との間に入り、
旦那のご意向に添うように職人との間を取り計らいました。
 
 その為、頭は鳶の他に「仕事師」という名で呼ばれていました。
 
                           終わり