江戸の落穂 ~神田祭に寄せて ②神田囃子~

夢野晴吉先生のコラム第四十七弾  
  江戸の落穂 
 ~神田祭に寄せて ②神田囃子~

 
 神田囃子は神田祭の祭囃子です。 元々は葛飾区金町の香取神社の祭囃子が来ていたものを神田で引き継いだのが始まりのようです。

 江戸時代の神田祭は、赤坂の日枝神社山王祭と並んで「天下祭」あるいは「上覧祭(じょうらんまつり)と呼ばれ、徳川将軍家にお見せするものでした。

 祭りでは頭衆の木遣りが先導し、お囃子の屋台がついた山車がそれに続きました。

 昭和の初め頃には、町内の常盤津や清元のお師匠さん達が唄う底抜け屋台が出る事もありました。

 神田囃子は笛・大拍子(おおびょうし)・締め太鼓・大太鼓・鉦(かね)等を使って、「屋台」「聖天(しょうでん)」「鎌倉」「大間聖天(おおましょうでん)」「四丁目(しちょうめ)」と進んで行きます。
 
 そしてこの神田囃子を唄にしたのが「屋台囃子」です。
 
  屋台囃子(小唄・俗曲)
 
♪♪ 屋台ばやしの打込みは  まずかぐらばやし
    聖天かまくら  大間聖天
    あとは四丁目で
    テンステテン  ストドンドン
    おひゃりひゃいとろ ひゃいとろ笛の声
    先き玉じゃ あと玉じゃ
    共に打込む チャチャン
    チャンチキチッチ あたり鉦
 
※【底抜け屋台】そこぬけやたい
祭りなどのときに出す、床(ゆか)のない踊り屋台。
周囲の囲いだけで、囃子方(はやしかた)はその中の地上に立って屋台とともに歩きながらはやしていく。